楽しく議論する場を下支えするみんなのサインペン
プロジェクトマネージャー
林千晶
クリエイターとクライアントのコラボレーションにより新しい価値を生み出すクリエイティブ・エージェンシー株式会社ロフトワークの代表取締役であり、マサチューセッツ工科大学MITメディアラボの所長補佐であり、岐阜県飛騨市で地域産業創出に取り組む「株式会社飛騨の森でクマは踊る」の代表でもある林千晶さん。
さまざまな領域を軽やかに跳び越えながら手掛けるプロジェクトは、年間200件以上にものぼるそう。そんな林さんがプロジェクトマネジメントをしていく時に欠かせないアイテムが、ぺんてるのサインペンなのだそうです。林さんにとってサインペンとは、一体どんな存在なのでしょうか?意外な場所でのサインペンとの出合いのお話からうかがいました。
アブダビの思い出アイテムが、
サンフランシスコでUXの最先端ツールに
「今、思い返してみると私が初めてサインペンと出合ったのって、たぶん小学生の頃、アブダビにいた時だったんじゃないかって思うんです。」
アブダビとは、アラブ首長国連邦を構成する首長国の一つ。小学生時代をアラブ首長国連邦で過ごした林さんは、現地の日本人コミュニティに送られてきた“メイドインジャパン”として、初めてサインペンに遭遇したそうです。
「その他に送られてきていたのは、『鉄腕アトム』の映画とか、テーブル型の『インベーダーゲーム』とかですね。そういったモノと並んで、現地の日本人サロンみたいな場所にこのサインペンがあったと記憶しています。私の中では、すごく古くて懐かしいアブダビの思い出のアイテムでした。」
その後、林さんは日本に帰国し、大学を卒業。就職した後、アメリカのボストンとニューヨークへの留学を経験し、2000年にロフトワークを創業します。その間、サインペンは林さんの記憶の片隅に思い出として静かに格納されていました。しかしある時を境に、突然“サインペン=最先端のツール”として林さんの前に再びその姿を現すことになったのです。
それは今から7〜8年前、ちょうどUI/UX※がデザインの流行となり始めた時期。サンフランシスコ出張に行った際に、当時UI/UXのトレンドを作っていたデザインコンサルタント会社出身の女性が開催するワークショップに参加した時のこと。
※User Interface/User Experience
「最先端を体験するワークショップの始めにファシリテーターである彼女が持ち出してきたのが、サインペンだったんです。人が最初のアイデアを出すのにふさわしいペンがコレ!って。これには驚きましたね。」
“ちょうどいい太さであること”と“アノニマス(匿名)であること”。この二点が、サインペンがUXデザインのツールとして選ばれた理由なのだそうです。
「細いペンを持つとどうしてもディテールを書き込みたくなるし、太いペンだと書き留められない情報が増えてしまいますよね。つまり、ペンが思考を規定してしまうんです。だから、細すぎず、太すぎないこのサインペンがちょうどいいと。また、ワークショップには何十人もの人が参加する場合があるんですが、その際はアノニマス、つまり個人を特定できちゃいけないと。例えば社長が書いたものだって分かったら、アイデアを見る目が変わってしまいますよね。ワークショップの場合、一つ一つのアイデアに意味があるわけではなくて。いろんな人からいろんなアイデアが出てきて、それをフラットに並べて眺めた時に、そこにはまだ書かれてない“根っこのアイデア”が見つけ出せるかどうかが大事なんです。そのためには、太さや色の違いのない“クセのないペン”で書かれている必要がある。だから、このサインペンが選ばれているんだという話を聞いたんです。なるほど、そういうことか!と思いましたね。この瞬間、私の中で古い思い出だったサインペンが、最先端のUXツールになったんです(笑)。」
サインペンと付箋のセットが、
予定不調和の議論を加速する
クリエイターやクライアントを巻き込んでワークショップを行い、コラボレーションの力で新しい価値を生み出していくのが、ロフトワークのクリエイティブ作法の一つ。林さんはそんなロフトワークを「予定調和のない会社」だと言います。
「多くの企業で行われる会議って、ある程度シナリオがありますよね。この結論に落とし込みたいとか、この承認を取りたいとか。でも、そんな予定調和のプロセスであるならば、オンラインでやればいいと思うんです。だって、せっかくみんなが貴重な時間を使って集まっているんだから、そのメンバーが集まらないと議論できないことに時間を使いたいじゃないですか。ロフトワークはそういう予定調和が一切ない議論をさまざまな人を巻き込みながら実践している会社なんです。」
そんな予定調和がない議論に欠かせないツールが、サインペンと付箋のセットなのだそう。
「まずはみんなの発言やアイデアをサインペンで付箋に書き留めます。一つの付箋には一つのアイデアを書くことを原則として、会議中にライブでさまざまなアイデア同士をくっつけたり、離したり、編集できるようにします。議論の片鱗でもキーワードを残しておけば、話の流れは把握できるし、参加者みんなの目線を合わせて自由に議論ができるようになる。つまり、本当の意味で“予定不調和”でクリエイティブな議論ができるんです。」
また予定調和のない議論の魅力を、林さんは次のように語ります。
「一人ずつ発言しなさいという指名スタイルでは決して声を発しないような人が、実は想像以上にパンクな発想を持っていたりするんですよね。そういうものがサインペンと付箋によって解放される瞬間が、とても面白いです。この議論の方法のポイントは個々がどれだけいいアイデアを持っているかではなくて、グループでどれだけいい視点を持てるかが重要なんです。みんなが同じことを考えて課題に向き合い、フラットにこうじゃない、ああじゃないというディスカッションをしていくことができる。それが大きな魅力です。」
その場その場で瞬時に判断を下し、試行錯誤を繰り返しながら一歩ずつ議論を前進させていく。こういった議論は、手探りで進んでいく未知の冒険に近いのかもしれません。しかし林さんはそんな中でも、ファシリテーションをしている時に幸せを感じると言います。
「みんなから出てきたアイデアを並べて『ここにどんな意味がある?』って眺めている瞬間が、個人的にはとても幸せです。先が見えない一発勝負なので、難しい部分もありますけどね。でも、自分一人では辿り着けなかった予定不調和なアイデアに、ちょっとずつみんなが力を合わせて近づいていく瞬間が、プロジェクトマネージャーの私にとっては最高に幸せなんですよ。」
楽しく議論する場を下支えする
みんなのサインペン
「プロジェクトマネージャーの仕事って、自分の力だけじゃなく、人の力を使ってもいいから、手に入るリソースを全部使ってプロジェクトが成功する確率を上げていくのが使命なんです。どちらかというと私は、みんなの下支え役。バンドで言えばメロディーラインではなく、ベースです。みんなが気持ちよく演奏するための土台を作っているんですね。我ながら、地味で堅実な仕事だと思いますよ(笑)。」
自らの仕事をそう語る林さんは、サインペンについて次のように語ります。
「サインペンも、みんなが楽しく議論するのを下支えしているツールだと思うんです。取り立てて強く主張することなく、柔らかな書き心地で、サラサラとアイデアを書き出していける。サインペンほど裏方に徹してるペンはないんじゃないかなと。でも、だからこそ世界中でいろんな人に使ってもらえるんでしょうね。」
最後にもう一つ、質問を投げかけてみました。林さんにとってサインペンとはどんな存在なんでしょうか?
「…お米ですかね。何かを食べに行こうという話になったときに
“お米食べに行こう”とはならない。だから主役ではないんです。でも、無くなると絶対に困るものですね。それに、私は卵かけご飯が大好きなんですが、サインペンも単体だけでは出せない美味しさがありますね。付箋という盟友と一緒になった時にグンとさらなる能力を発揮してくれますからね(笑)。」
たくさんの人のアイデアを引き出しプロジェクトを下支えしながら成功に導いていくプロジェクトマネージャー林さん。そして、裏方に徹することで、さまざまな人の“書く”を下支えしてきたサインペン。林さんとサインペンは、これから一緒にどんなプロジェクトを下支えし、世の中にどんな新しい価値を生み出し、どんな笑顔を増やしていってくれるのでしょうか。これからの活躍がますます楽しみです。
- 林 千晶
- 早稲田大学商学部、ボストン大学大学院ジャーナリズム学科卒。花王を経て、2000年にロフトワークを起業。Webデザイン、ビジネスデザイン、コミュニティデザイン、空間デザインなど、手がけるプロジェクトは年間200件を超える。グローバルに展開するデジタルものづくりカフェ「FabCafe」、素材に向き合うクリエイティブ・ラウンジ「MTRL(マテリアル)」、クリエイターとの共創を促進するプラットフォーム「AWRD(アワード)」などを運営。 MITメディアラボ所長補佐、グッドデザイン賞審査委員、経済産業省 産業構造審議会 製造産業分科会委員も務める。森林再生とものづくりを通じて地域産業創出を目指す官民共同事業体「株式会社飛騨の森でクマは踊る」を岐阜県飛騨市に設立、代表取締役社長に就任。「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017」(日経WOMAN)を受賞。