9

赤のサインペンは、脳を切り替えてくれるスイッチ

ブロガー

いしたにまさき

ブロガーとして、ライターとして、WEBマーケティングアドバイザーとして、さらには内閣広報室IT広報アドバイザーとしても活躍するいしたにまさきさん。ご自身が商品開発に携わり、2016年にグッドデザイン賞を受賞した「ひらくPCバッグ」では、プロダクトの設計段階でぺんてるサインペンが決定的な役割を果たしたのだとか。世の中に対して、さまざまな立場から、さまざまな発信を続けるいしたにさんは、サインペンをどのように使いこなしているのでしょうか。まずはサインペンとの出合いからお話をうかがいました。

「僕、高級文具のデビューが早い子どもだったんですよ。小4でシャーボ※、中1の時には万年筆を使ってましたからね。父親の仕事の関係で、出版社などから記念品の文具をタダでもらってきていたんです。でも、父親は頑なに3色ボールペンしか使わなくて(笑)。結果、僕のところに新品のお古が大量に回ってきていたんですね。だから、当時から文具を見る目は肥えていたと思いますよ。」

※シャープペンシルとボールペンを一本にまとめたゼブラ株式会社の筆記具。

文具好きにとってはなんとも羨ましい家庭環境で育ったいしたにさん。サインペンを初めて意識したのは、小学生の頃だったそうです。

「僕にとっては、サインペンと言えば赤ですね。先生が添削の時に使っていて、ちょっとした憧れがありました。それで、僕も授業中や宿題をやる時に使っていたんです。僕は左利きなんですが、両手を使うのが割と得意で、計算問題をやる時には、左手で鉛筆を持って解答を書いて、右手でサインペンを持ってマルマル…と答え合わせをして。なんでそんな器用な使い方をしていたかと言うと、ジャマくさい勉強は1秒でも早く終わらせたかったから。鉛筆やペンを持ち替えるちょっとした時間ももったいなくて、“家に帰って早く遊びたい!”という一心で、宿題は休み時間とか、時には授業中に隙を見つけて終わらせてましたね(笑)。」

鉛筆と赤サインペンを両手に携えて、日々勉強机に向かっていた少年時代から時を経ること数十年。いしたにさんは赤いサインペンを手にすると今でも脳のモードがパッと切り替わると話します。

「赤のサインペンは、今は原稿などの赤入れ(添削)に使っています。僕にとって赤ペンはすでに書かれているものを修正して、アップデートするための道具。印刷されている文字や、鉛筆やボールペンで書かれた文字とは明らかに太さも色も違う。だから手に持つと頭のスイッチが自然に切り替わるんです。それに赤入れをするときは、小学生の頃と同じく右手で持つんですが、サインペンはインクの出もよくて書きやすいから、細かい文字でなければ右手でもスラスラ書けちゃう。ペンを持ち替えることなく赤入れができるから、早く仕事が片付けられるんです。で、早く終われば自分のやりたいことにたっぷり時間を使えると…。まあ、子どもの頃と変わってないんですよ(笑)。」

じっくりと好きなものを楽しみたいから、それ以外のジャマな時間はできる限り少なくしたい。幼い頃からの強い想いが、いしたにさんの中には流れ続けているようです。そんないしたにさんの想いが詰まったのが、ご自身が商品開発に携わった『ひらくPCバッグ』シリーズ。細部に至るまでこだわりを尽くしたこのバッグでも、実はサインペンが存在感を発揮しているのです。

面白いアイデアは、
モヤッとフィールドから生まれる

「僕は、ほぼ毎日違う場所で仕事をしてるんです。喫茶店なんて10分しかいない時もあるんですけど、そこで仕事を始めるまでに5分かかってしまうと、とんでもないロスになるんですよ。それを少しでも減らしたくて。そう思って、席に着いてから1分以内にメールを打てる体勢になれて、いつでもどこでも“いつもの仕事環境”を作り出せる新しいバッグを作り込んでいったんです。」

見せていただいたのは『ひらくPCバッグmini』のウルトラセブンモデル。中を覗いてみると、iPad、モバイルバッテリー、ヘッドフォン、カメラなど、いしたにさんが日常的に使うアイテムの数々が収まるべきところにキチッと収まっています。そんな中、バッグの内側の側面には、赤いサインペンの姿が。「この側面のペンホルダーは、サインペンを入れることを前提に設計しました。これは即決でしたね、5秒くらいで決めましたよ。だって、これしかないでしょ?みんなどうせこれ使ってるでしょ?というノリで。これに合わせて文句言われたら、もう知りませんよって気分でしたね(笑)。」

開発したバッグのサイズの基準にもなったサインペン。筆記具を使うこと自体が減っていると言ういしたにさんですが、サインペンはいつも手放さず、ポストイットとセットでバッグに入れて持ち歩いていると言います。

「サインペンとポストイットは、まだ形になっていないモヤッとした状態のものを書き出す時に使っています。ノートは一切持ち歩いてないんです。情報をキレイに整理しようとしちゃうから。整理するのって気持ちいいんですけど、大事な部分がこぼれ落ちちゃう気がして。面白いアイデアは、整理されてない“モヤッとフィールド”から生まれてくると思っているんです。」

いしたにさんのもとには、さまざまな仕事の依頼が舞い込んでくるそうです。それもまだ整理されていないような、それこそモヤッとした依頼が続々と。

内容的に表に出せないものが多いので具体的にはお話できないんですが、僕のところには結構ワケの分からない仕事がやって来ますよ(笑)。すでに整理できている内容であれば、僕の出番はないんです。例えば、キレイな写真が欲しいなら、カメラマンを呼べば済む。僕に声がかかる時は、ほとんどが何も整理されてない状態。だから、僕は日々モヤッとしたものをたくさん抱えて生きてますね(笑)。」

そう笑顔で語るいしたにさんは「モヤッとフィールドが好き」なのだそうです。

「これからどうしようかなぁ?」とワクワクしながら考えるのがとても楽しいと。そんないしたにさんの事務所のデスク横の壁には、56cm×56cmの巨大なポストイットが貼られていると言います。そこには一般には公開できない秘密の仕事のことや、自身が叶えたい夢の話など、中長期的なモヤッとした状態のものが全てサインペンで書き出されているそう。

「こうして貼り出しておいて、デスクで仕事している最中にも頭の切り替えついでに時々眺めています。小さいポストイットを使って関連した情報を貼ったり、サインペンでアップデートしたりしながら、モヤッとしたものを頭の片隅に常に置いておく。そうすると、僕にとってはずっと楽しい状態が続くわけですね。」

コツコツとストーリーが重なって、
ロングセラーになっていく

発売から55年が経ったサインペン。いしたにさんはご自身の商品開発の経験から、ロングセラーを作る難しさをこう語ります。

「1年とか2年でヒット商品は生まれるかもしれませんが、ロングセラー商品は絶対にムリですよね。僕が実感として思うのは、この仕事って畑仕事に近いんじゃないかということです。まずはマーケットの中でいい土地を見つける。そして、その土地を耕して、商品というタネを蒔いてみて、肥料や水をあげながら、毎日一喜一憂しながら観測していくんです。ちゃんと花が咲くか分からない。実がなるかも分からない。でもコツコツとした日々の積み重ねがあって、10年かけてようやくたくさんの人に愛される商品になっていくのだと思います。」

また、いしたにさんは商品が長く消費されるには、「ストーリー」が欠かせないと言います。

「僕は実は、商品に関してあえて多くを語らないようにしているんです。もちろん商品はちゃんとこだわって作り込みますよ。でも、最後の仕上げはお客さんに委ねます。実際に商品を使う中で、その人にとって一番いい使い方を決めてもらうんです。お客さんが僕ら製作側の意図した通りのことをしているようではまだダメ。こちらの意図から外れた、想定外のことが出てくるかどうかが大事なんです。そういった一つひとつが商品のストーリーになって、やがて商品の価値として織り込まれていきますからね。」

遡ること55年前、サインペンも発売当初は全く売れず、アメリカのジョンソン大統領に愛用されたことがきっかけとなり、人気に火がついたという過去がありました。また、NASAの宇宙飛行士が宇宙船で使用したことが大きなニュースになったこともありました。

いしたにさんの言葉の通り、サインペンも地道な商品の改良と、まさに想定外のストーリーをいくつも重ねて、一歩一歩ロングセラー商品の道を歩んできたと言えそうです。最後に、いしたにさんにとってサインペンはどんな存在なのかお聞きしました。

「僕にとってサインペンはサインペンであって、それ以上でもそれ以下でもありません。なんでこれを使っているのかと言われても、正直分からないんです。でも、ずっと近くにあったし、文句もないから使い続けています。いつも変わらないからこそ、安心して手に取れるというか。ペンを買うのも投資なので、他のペンに浮気して、それがダメだった時の経験と時間がもったいないですから。そう考えると僕にとってサインペンは、絶対に手放せない“本妻”なのかもしれませんね。」

いしたにさんが発信する情報の陰には、モヤッとフィールドとサインペンがある。これからもいしたにさんは、ムダな時間を極力省き、その分モヤッとフィールドをたっぷりと楽しみながら、さまざまな情報発信を続けていくのでしょう。

幼い頃から連れ添った“本妻”サインペンを手にしながら。

いしたに まさき

いしたに まさき
ブロガー、ライター、WEBマーケティングアドバイザー。2011年アルファブロガー・アワード受賞。 Webサービス・ネット・ガジェットを紹介する考古学的レビューブログ『みたいもん!』運営。02年メディア芸術祭特別賞、第5回WebクリエーションアウォードWeb人ユニット賞受賞。アルファブロガー・アワード2011受賞。
共著に『ツイッター 140文字が世界を変える』(マイコミ新書)『クチコミの技術』(日経BP社)など多数。 他に、内閣広報室IT広報アドバイザー、Evernote コミュニティリーダー、ScanSnapプレミアムアンバサダーなど務める。ひらくPCバッグなどカバンデザインの領域では2016年グッドデザイン賞受賞。