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“先駆者”なのに“偉くない”サインペンは僕のど真ん中

文具王

高畑正幸

文具について1つの質問を投げかけると100の答えが返ってくる。
テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」の全国文具通選手権に出場し3度連続で優勝を飾った経歴を持つ、文具王・高畑正幸さん。さまざまな文具の製品情報はもちろん、その製品がどのようにして誕生し進化してきたかなど、文具に関するありとあらゆる情報を知り尽くした正真正銘の文具通だ。そんな高畑さんの愛用する文具の中にぺんてるのサインペンが名を連ねていると聞き、今回はお話を伺いにご自宅にお邪魔させていただきました。

特別なサインペンとの特別じゃない出合い

玄関の扉を開けるとそこには、普段なかなか見かけることのないヴィンテージものの文具がずらり。さらに打ち合わせスペースには壁一面の収納棚に文具が綺麗に整理整頓され、まるで文具博物館のよう。文具に囲まれた一室でインタビューの席に着くと同時に、高畑さんがサッとテーブルに置いたのは、年季の入った箱。

「これ、見たことあります?多分、海外限定の製品なんだけど、ネットオークションで見つけて思わず買っちゃったんですよ(笑)。」

箱をよく見てみるとそこには、「PENTEL」の文字が!なんと、その場にいたぺんてる社員も目にしたことのない日本未発売のサインペンが登場してきたのです。文具のことなら世界中にアンテナを張り巡らせている高畑さん。さすが、文具王の名は伊達ではありません。

そんな高畑さんにとってサインペンとは、自身の著書『究極の文房具カタログ』(ロコモーションパブリッシング/2006年)の中でも取り上げるほどの定番商品。当時の著書を眺めながら、こんなことを口にしていました。

「僕の中で“サインペン”といえば、ぺんてるのサインペン。ポカリスエットやカップルヌードルなんかと同じく“新たなジャンルを切り開いた先駆者”のような存在なんです。その業界で新しいジャンルを作るって、なかなか難しい。未だにこれを超えるサインペンは現れていないですね。」

どうやら高畑さんにとって、サインペンは特別な存在のようです。サインペンとの出合いについても、きっと印象的なエピソードがあるのだろうと問いかけてみると…

「サインペンとの出合いって…、正直、記憶がないですね。(笑)」

と、意外にあっさりとしたご回答。高畑さんにとってサインペンは、幼い頃から自宅や祖父の営む縫製工場で当たり前のように使っていた文具だったそう。

「子どもの頃って学校や親から与えられた文具で書くじゃないですか。だから、何気なくサインペンは使っていたんですけど、小学校に上がる頃には鉛筆や色鉛筆といった学校指定のものを使うようになる。そして中高校生になると今度はシャープペンを使うようになって。当時の僕は6ミリ罫線のノートに、かっちりしたシャープペンで細かくガリガリ書きたかったんですよ。だから、自然とサインペンからは一回離れちゃいましたね。」

そんな高畑さんですが、今ではこんなシーンでサインペンを活用しているんだそうです。

「サインペンってちょうどいい太さだから、誰かに宛ててメモを残す時に良いんですよ。文字にインパクトが出るからちゃんと見てもらえて、処理を後回しにされないんです。あと、テレビやラジオに出させていただくようになってからは、現場でのメモ書きとしてサインペンを使っています。」

今となっては、仕事柄さまざまな新商品を使うことはあるものの、基本はサインペンの水色とピンク、オレンジを箱買い。「これがなくちゃ落ち着かない!」というほど、高畑さんのレギュラーアイテムなんだそう。

ペンは頭の整理整頓をしてくれるモノ
文具のTPOって大事

サインペンを再び使用し始めてから、高畑さんはあることに気づいたんだとか。

「ちょうど3、4年くらい前に、打ち合わせ先で使った時に、“お、書きやすいな”と思ったんですよね。昔はもっと細い線でシャープにカッチリ書きたかった時期もあるんですけど、最近は楽に書けるっていいなあと。サインペンって万年筆と一緒で、あまり筆圧がいらないじゃないですか。毛細管現象という仕組みでインクが出るようになっていて、紙に接したらもう色がついてるんですね。だから書いていてすごく楽で、スラスラ書ける。だから、思ったことをちょっとメモしたり、原稿のネタなんかを考えたいときにサインペンを使うと、思いついたことが流れ出すような感じです。」

いつも持ち歩いているノートを見せていただくと、四コマ漫画のような四角が並んだラフなノートには、確かにサインペンで書かれた文字や図がたくさん。

「誰かに見せるというよりは、とりあえず思ったことやネタを単語や短い文章で並べて、それを今度は線で繋いでいく。自分の中から生まれてすぐのアイデアをふわっと書くのにサインペンは良いんですよね。」

高畑さんにとってサインペンで書かれたものは、図面でいえば、設計図になる前のコンテやラフのようなもの。物事の構造を決めていく最初の部分では欠かせない道具なのだと言います。

「サインペンは誰が書いても角が丸くてかわいい文字が書けるでしょ。特にピンクとか水色使うと。例えば不祥事が炎上して会社が潰れるかも知れないぐらい深刻な時に謝罪文をサインペンで書いたら怒られちゃう(笑)。清書したり、かっちりしたものを書くことには向かないペンなんです。でもその一方で、アイデア出しをするときに最初からPCに打ち込もうとすると、型にはまったつまらないことしか出てこなくないですか?PCは、図を描く時はツールが別だし、無い文字は書けないし、考えを一度ローマ字にして打ち込んで文字を選んでとかしてるうちにどんどん柔らかい何かが逃げていっちゃうんです。だから、まずはサインペンで書き出してみる。とりあえず出してみると思いがけないところで、それがいいアイデアにつながったりして価値を持つこともあるんですよね。」

頭の中の考えを文具の使い分けによって整理している高畑さんは、どんな文具をどんなタイミングで使うか“文具のTPO”を普段からとても大事にしているそう。そんな理由から自身のアイデア発想に最適な道具として辿り着いたのがサインペンだったのでしょう。

“先駆者”なのに“偉くない”
サインペンは僕のど真ん中

「書く」という行為に対して深い考察を持つ高畑さんにとって、サインペンとはどんな存在かを聞いてみました。

「“効率よく”って言葉あるじゃないですか。この“効率よく”はいずれAIの独壇場になって、僕ら人間が勝とうとしても勝てない領域になってくると思うんです。そもそも、筆記具って過去から現在にかけてどんどん効率化されてきている。例えば、毛筆。扱いに慣れていないと使いづらいし、字の下手さが表れてしまうもの。だから、より綺麗に簡単に書けるボールペンが生まれ、さらなる効率化を実現するためにメールが生まれたんです。毛筆を頂点にピラミッドで表してみると、頂点から楽で効率的な方へと降りて行っているんですね。これは、誰もが効率的に情報を共有する上では大事なことですし、それはこれまでの働き方にとっては生産性を上げる上でとても重要なことでした。でも、メールの定型分で書かれた「ありがとう」と毛筆で書かれた手紙の「ありがとう」。どちらも同じ言葉だけど、毛筆の文字には感謝だったり感動だったり、「ありがとう」以上の意味が含まれているように見えますよね、実は情報量が多いんです。なんとなく、毛筆の方が“偉い”感じがする(笑)。じゃあ、サインペンはどんな存在かというと、ピラミッドで言えば、毛筆まではもちろん行きませんが結構情報量の多さでは上位にあると僕は思ってます。でも、決して“偉くない”。そこがこのサインペンの良いところなんです。」

 

高畑さん曰く、最初に未開拓の領域を切り開いた先駆者でありながら、いまだにそれを超える商品がない。“偉くない”サインペンは必要十分な存在としてど真ん中に居続けているというのです。

「僕の中でサインペンはどこまで行っても“原点”。他の類似したマーキングペンはこれより使いやすいかとか、書きやすいかって視点で見てしまう。」

その座標の原点に55年間現役として存在し続けていることが、素晴らしいことだと話す高畑さんはこうも語ります。

「製品を見て、“懐かしいね”って思われた瞬間に、その製品はもう過去の存在なんです。でも、サインペンはいまだにその“懐かしいね”がない。55年現役なんですよ。ただの道具としてずっとそうあるって、実はとても大事なんだと思います。サインペンがそんな存在でいられる理由は、筆記具としてシンプルで、取り立てて強い主張もないから。だからこそ僕たちは気兼ねなくサインペンを使って、どんどん使いつぶして表現することができるんだと思うんです。そしてサインペンそのものよりも、サインペンを使って書いて、どんなものを生み出すのか、そこに純粋に目を向けることができる。書いたもの、生み出したものにこそ価値がある。だから普段からこのペンは良いなあ、なんて思われてなくていいんです。手元にあってしっかり役割を果たしているけど偉そうなそぶりを見せない。でも考え始める時につい、とりあえず手に取ってしまう。そういうところが実はサインペンの最大の魅力だと思います。」

数多くの文具を手にしてきた高畑さんが行き着いた究極の普段使い文房具、サインペン。そんなサインペンに高畑さんは愛情を込めて「あまりカッコよくなっちゃダメ」と優しい眼差しを向けていました。

高畑 正幸

高畑 正幸
1974年香川県生まれ。
幼少の頃より文具に慣れ親しむ。文具好きが高じて、テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権に出場、1999年、2001年、2005年に行われた同選手権で3連覇を成し遂げ「文具王」の座につく。その後、文具メーカーサンスター文具にて10年間の商品企画を経て、マーケティング部に所属。2012年にサンスター文具を退社後、同社とプロ契約を結ぶ。現在では文具に関する執筆や著書出版、メディアへの出演のほか、きだてたく、他故壁氏と共に、文房具のトークユニット「ブング・ジャム」を結成。文具イベントなど幅広く活動している。