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サインペンは、A4用紙にライブで“ガガガッ!”と

アートディレクター/プランナー

佐藤ねじ

まだ誰も気づいていないような面白さや可能性を探求し、“空いている土俵を耕す”ことを得意とする、アートディレクター/プランナーの佐藤ねじさん。独特のアイデアやデザインで話題作を発信する彼のクリエイティブの根っこには、ぺんてるのサインペンがありました。私たちを「あっ!」と驚かせる作品づくりの裏側と、そこにまつわるサインペンのエピソードをうかがいました。

「会社にはいつもA4サイズの紙の束とサインペンがあって。社長がコピーライターだったんですけど、『佐藤くん、今回はこれがこうでこんな感じで……こうデザインしてくれ!』ってA4用紙にさらさらっと企画とかコピーとかを書いていたんです。おー! かっけー! これがプロか! って、もう衝撃でしたね。」

大学卒業後に佐藤ねじさんが就職したのは、グラフィックのデザイン事務所。そこで出会った先輩たちは日常的にサインペンとA4用紙を使っていて、打ち合わせとなれば、A4用紙1枚につき1案を書き込んで持ち寄り、アイデアを競い合うスタイルだったそう。

「社長も、先輩も、みんな当たり前にサインペンを使っていて。むしろ愛用者じゃない人がいないというか。僕も先輩たちを真似して、来る日も来る日もガガガッ! と書いていましたね。今もこのサインペンとA4用紙のセットが手放せないのは、当時の刷り込みですよ、きっと。」

「例えば、打ち合わせの席でアイデアのラフ案を書かなきゃいけない場面ってあるんです。その時に0.3mmのボールペンだと、文字や絵が細くなってしまって見にくいし、なんだか自信がなさそうに見えてしまうんです。でも、サインペンなら線が太いから、ちょっと離れた席からでも見やすいし、自信がありそうに見えるし、ラフ案もいいアイデアに見えたりして(笑)」そんな気づきから早10年余り、現在も打ち合わせの席にはA4用紙とサインペンのセットを持って臨むとねじさんは言います。

「A4用紙とサインペンって、“ライブ”な使い方ができるんです。時間がない中で、この場でサイトの構成を決めましょう!となった時にガガガッ! と書いて、その場にいる皆さんと認識を合わせていく。ライブでアイデアを目に見えるものにしていくんです。そうすると打ち合わせがスムーズに進むことが多いんですよね。」

この“ライブスタイル”が確固としてあると、どんな状況にあっても、自分のペースで落ち着いて仕事を進められると言います。A4用紙とサインペンは、ねじさんにとって、打ち合わせには欠かせない存在であり、心の安定をもたらしてくれる相棒でもあるようです。

サインペンは“生み出す系”、
iPadは“発見&整理する系”

ねじさんといえば、日々気になったことなどをこまめにメモし、アイデアを効率的にストックしながら、優れたアウトプットにつなげていくという独自のルールやメソッドを紹介した著書「超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方」(日経BP社)でも話題になりました。

「ノート術って最高だ! って本を出したんですけどね、そのわずか4か月後にiPad Proを買って、これすごくいいな、って(笑)。アナログの使い心地にはちょっと劣るけど、テクノロジーが追いついてきて、以前と比べるとかなり自由度が出てきました。だから最近はApple Pencilもかなり使い込んでいますね。」

著書の中で紹介される「1軍ノート」と「2軍ノート」。パッとひらめいたアイデアは、2軍としてiPadかスマートフォンにメモし、そのなかの精鋭たるアイデアをiPadの1軍ノートにストック。1軍ノートは頻繁に見返して、アウトプットに活用していくのがねじさん流の超ノート術。そんな完成されたメソッドの中で、サインペンとA4用紙はどんな位置付けなのかを聞いてみたところ

「とても申し訳ないんですが、……さ、3軍です(笑)。でも、絶対になくてはならない3軍というか。愛のある3軍というか。本当に大事な3軍なんです。」朝、仕事をはじめる前には、A4用紙にサインペンで1日のタスクを書き出したり、もちろん、アイデアを自由に発想・発散したり、仕事やプライベートの悩みや課題を書き出して、脳内の整理整頓をしたり…。」

ねじさんの仕事と生活のさまざまな場面で、“3軍”であるサインペンは活躍しているようです。

「3軍があるから2軍があって、その上に1軍がある。僕にとって3軍は、創造性を下支えしてくれる“根っこ”のような存在なんですよね。」

またねじさんにとって、サインペンは“生み出す系ツール”、iPadは“発見&整理する系ツール”だと言います。

「僕、ノートはルールに則って細かく書く方なんです。でも、A4用紙にサインペンで書くときは、それが何もない。『自由にやっていいぞ、お前!』って誰かに言われている感じで、頭の中を解放して、ガガガッ! と。主に、自由になって新しいアイデアを生み出す時に使っていますね。」

では、“発見&整理する系”のiPadについては、どんなところにメリットを感じているのでしょうか。

「日々暮らしているといろんな発見があって、それをメモするのはiPadか、スマホですね。気づいた瞬間にパッと取り出してメモを取っています。あとデジタルのいいところは、コピー&ペーストができるところ。書いたものを書き写すのって、結構大変じゃないですか。コピペでメモや描いた絵の入れ替えができるっていうのがいいんですよ。」

アイデアをアップデートさせながら2軍から1軍へ移動させるねじさんにとって、デジタルは効率的にノート術を実行できるすぐれたツールのようです。“生み出す系”と“発見&整理する系”。この役割の異なる二つのツールを柔軟に使い分けているからこそ、誰も見たことのないような斬新なアイデアが生まれてくるのかもしれません。

サインペンは
クリエイティブの“インフラ”!?

「さっきは3軍って言いましたが、言い換えると僕にとってサインペンは、クリエイティブのための“インフラ”なんです。人類にとっての石油みたいなもの。サインペンがこの世からなくなったら、ハッキリ言って困りますよ(笑)。好きとか嫌いとか、そういう次元の話ではないですよね、これは。」

2年前に独立し、〈株式会社ブルーパドル〉を立ち上げたねじさん。

「サインペンって、改めてよく考えると“備品”としていつも会社に置いてあるものという気がしませんか?自分から積極的に買うものではなく、そこに“ある”ものというか。でも前職を辞めて、はじめてサインペンを自腹で買ったんです。10本入りの箱で買ったんですけど、この時になんだか、すごく独立した感がありましたね(笑)」

それ以来、サインペンはねじさんの側にいつも存在し続けていると言います。

「もう至る所に置いてありますよ。鞄の中と、会社のデスクと、家の机の上と、ダイニングと…。いつでもパッと手に取れるところに置いてますね。僕にとっては、もう完全に日常的な存在ですよ。」

では、もしサインペンがなくなってしまったら、ねじさんの日常にはどんな影響があるのでしょうか。

「なくなったら困っちゃいますよね、ホントに。まあ、サインペンに似たペンを買って使っていくとは思いますけど(笑)。なんとなく違うなぁ、気分が乗らないなぁとか言いながらね。それに僕の場合は、どんどんツールがデジタル寄りになって、Apple Pencilがメインになっていく気がします。そうなるときっと、発想の方法が今とは変わっていくんでしょうね。」

ねじさんにとって、サインペンはアナログの防衛線であり、アイデア発想法の防衛線とも言えそうです。では逆に、これからもサインペンが存在し続け、仮に進化していくとしたら、どんな進化が考えられるのでしょう。ねじさんは、「形が大事だ」と言います。

「使い慣れたデザインであったり、手に馴染むデザインであったりすることってすごく大事だと思うんです。だから、サインペンのそのままの形で、新しいテクノロジーが詰まったものができたら、めっちゃいいと思います。例えば、手元の紙やiPadに書くと壁やホワイトボードにリアルタイムで大きく映し出されるとか。それがすぐに保存されるとか。この使い慣れたサインペンの形のままで、いろんな機能が搭載されたら面白いと思いますね。」

アナログとデジタルが、いいとこ取りで融合した未来のサインペン。それはどこか、アナログツールとデジタルツールのいいとこ取りをしながらアイデアを生み出していくねじさん自身にも重なるような気がします。

話題作を次々と生み出していくねじさんの作品づくりの裏側には、アナログとデジタルの柔軟な使い分けがありました。そして、クリエイティブの根っこには、“3軍”であり“インフラ”でもあるサインペンの存在がありました。これからもねじさんは、アナログとデジタルを自在に使いこなしながら、世間を楽しく騒がせる作品を生み出し続けていってくれることでしょう。今日も、明日も、明後日も、サインペンをガガガッ! と走らせながら。

佐藤ねじ

佐藤ねじ
アートディレクター/プランナー
1982年愛知県生まれ。名古屋芸術大学デザイン科卒業。
上京後、デザイン事務所へ入社し、デザイナーとして働く傍ら、「佐藤ねじ」名義で作品を発表。その後、面白法人カヤックのアートディレクターを務め、“空いている土俵を耕す”というテーマで作品づくりにとり組む。作品には「5歳児が値段を決める美術館」「変なWEBメディア」「しゃべる名刺」「貞子スマ4D」「くらしのひらがな」など。グッドデザイン賞ベスト100、Yahoo!クリエイティブアワード グランプリ、文化庁メディア芸術祭 審査員会推薦作品などを受賞。2016年7月に独立し、株式会社ブルーパドルを設立。2016年10月には「超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方」を刊行。