名前を必要としない、究極のペン
文具ソムリエール
菅未里
さまざまなメディアを通じて“人生を楽しくする”文房具を紹介している文具ソムリエールの菅未里さん。「機能」という王道的視点からだけでなくデザインや音、楽しい、可愛いといった「感性」から文房具に光を当てるその独自の視点は文房具の新しい楽しみ方をいつも教えてくれます。
そんな当代きっての文房具通の一人である菅さんが、著書『毎日が楽しくなる きらめき文房具』(KADOKAWA/2017年)の中で「大好きなペン」と書き、あるインタビューでは「究極の文房具」とまで言ってくださったのが実はぺんてるのサインペンなのです。無数の魅力的な文房具と出会ってきた菅さんにとってサインペンはどのような存在なのでしょうか? お話ししてもらいました。
「ほとんどの人にとってぺんてるのサインペンは“名前のわからないペン”だと思うんです。『あのペン』『いつものペン』といえば、みんなに通じてしまうほどあまりにも当たり前の存在。ないと不便だけど、いつでもどこでも手に入るから不便もすぐ解消できる。ペンというより、もはや日用品。一日や二日では、そんな存在にはなれません。みんなに選ばれ続けてきたからこそですからね。私は“究極の文房具”というとサインペンが一番に思い浮かぶんです。」
ご自身も幼い頃から当たり前ににぎっていた“あのペン”。大学卒業後大手雑貨店に勤務し、文具ソムリエールとしての活動を始めるなか、あらためて「サインペン」の存在が大きくなっていたそう。
「まずデザインが大好きで、特に横からの姿が好き。曲線的でどこか愛嬌があって、キャップの頭に水玉模様のような点(*1)があるのも、可愛いくて完成されたデザインだと思います。それにあの質感がたまりません。袋から出した時は“生まれたて”といった風体でツヤツヤと可愛いのですが、使いこんでいくと無数の小さな傷がマットな表面をつくって、修行を積んだ仙人みたいな味のある佇まいになっていく。手の中で自分らしく育っていくんです。みんなが何気なく使っているペンだからこそ、表面の傷からも『その人の個性』を感じますよね。だから誰かがサインペンを持っていると、つい見てしまうんです。」
*1…キャップ成形時の樹脂を流し込む「ゲート」
そのなかでも菅さんの注目ポイントは、キャップのクリップ部分。おろしたてのままの造形を保つ人もいれば、くいっと曲げている人、思わず二度見するほどに反らせている人、なかにはクリップ自体をちぎってしまっている人も。 クリップの形状からその人の性格を推し量ったり、初対面の会話のきっかけにしたり。クリップはとても雄弁だと、菅さんは語ります。
「それに、好きな色にも個性は出ますよね。私がよく使うのは実用的な黒・赤・青ですが一番好きな色は断然ピンク。以前は海外だけで販売されていたようで、それを愛用品として雑誌で紹介している人がいらして、とてもうらやましかった。その後、2013年頃から日本でも発売されてもちろんすぐに買いに走りました。」
菅さんが、サインペンのピンクに惹かれる理由。それは“ピンク=可愛い”からではなく、“ピンク=カッコいい”からだと言います。
「ピンクと一言でいってもいろんな色がありますよね。柔らかくて可愛いピンクもありますが、サインペンのピンクは濃くて、強い。カッコいいという言葉がぴったりです。なかなか他にない、持っている人も少ない特別感のあるこの色味が大好き。発売当時はどこに行ってもこのピンクのサインペンを使っていたので、様々な方にいわゆるピンク好きかと思われていたようです。でも、本当はそうではなくて。“このカッコいいピンクだから使っているんです!”、と心の中で言ってました(笑)。」
いつも肌身離さず持っているアイデアノートを拝見すると、やはりピンクで書かれた文字があちらこちらに。ピンクのサインペンから生み出されたアイデアやイラストは可愛いというよりむしろエネルギッシュ。見ているだけでワクワクします。
ピンクのサインペンとの出合いをきっかけに自分の中でサインペンの大ブームが来たと話しながら、菅さんが懐かしそうにノートをめくると、今度は黒のサインペンで塗りつぶされたページが現れます。
「機能面でサインペンが好きな理由は、いつまでも書き味が快適でかすれないことなんですが、あまりにかすれないもので…。この絵は、かすれさせてやろうと挑戦した軌跡なんですよ。かなり使いこんだサインペンで塗ったのですが、結局それでもかすれることはなくてひょっとすると永遠に書けるのかもしれないって(笑)。あらためてサインペンの実力を思い知らされました。」
誰かとの壁をひょいっと
超えさせてくれるサインペン
菅さんの「文具ソムリエール」としての原点は幼少期。内気な性格だったため、なかなかクラスメイトと打ち解けられず、それを打ち破るきっかけとなったのが文房具だったと言います。それからというもの、不登校になった友人のためにメッセージを綴ったレターセットや、同じ物を使うことで初恋の彼になんとか近づこうと手にした製図ペンなど、菅さんのこれまでの歩みをひもとくと文房具を介して人とつながったエピソードに事欠きません。
“文房具には人と人をつなぐ力がある” そんな経験が、菅さんの活動の源流となっているのかもしれません。
また菅さんは、海外に行く際には必ずサインペンを何本も旅支度に加えるそう。そこにはいっぷう変わった使い方も。
「サインペンの適度な太さは書きやすいうえに相手からも見やすいから、タクシーに乗る時や道を尋ねる時にメモして見せるのにもってこいなんです。それに日本の文房具は海外でもとても人気が高いので、『いいね』と褒められたり、そのまま『どうぞ』と差し上げたりすることも。お礼にと地元のおいしいお店やとっておきの情報を教えてもらったりして距離がぐっと近づきます。」
リーズナブルだから渡す方も受け取る方も気負いがなく、その一本がふたりの間にあることで語学やカルチャーの違いを超えて心が通いあう。
旅先の一期一会に彩りを添える、一本の力。そんなサインペンの思わぬ使い方を発見するのも、人とのつながりを大切にする菅さんならではの視点です。
もっともっと自由に
文房具を楽しんでほしい
気分にあわせて食事を選ぶように、その人の気分にあった文房具を紹介したいという思いから、「文具ソムリエール」を名乗る菅さん。
「モテ文具」「見栄文具」「自己満足文具」……これまでになかった独特の切り口も楽しく、菅さんというフィルターを通すと、よく見知った文房具もキラキラと輝き出します。
「文房具は気分やシチュエーション、会う相手によって気軽に“着替えられる”洋服のようなものだと思っているんです。リラックスして親しみを感じてほしい時、ちょっと自分を格上に見せたい時、人を気にせずに自分一人だけを楽しませたい時。人目につき、また自分の目にも常に入る文房具は、手軽に取り替えていろいろな気分を楽しめるとっておきのアイテムです。もっともっと自由に楽しんでいただきたいですね。」
文房具の使い手、語り手であると同時に商品プロデュースを行うことも多く、文房具の作り手としての役割も増えてきたとか。気になったことはとにかくなんでもメモするというノートには、ペンを心のままに走らせて書いた新商品のアイデアや愛用品の改善ポイントなどもぎっしり。
「サインペンで考えているのは質感のカスタマイズ。サインペンに少しずつ傷がついていく変化が好きなので、思い切ってサンドペーパーでこすってみたら今までに見たことがない表情が生まれるんじゃないかなって。どんな新しいサインペンに出合えるか楽しみで、もうやってみたくてたまりません!」
実はこの他にも、ぜひ商品開発してほしいサインペンがあると、かなり素敵で具体的なアイデアを提案くださった菅さん。いつの日か実現するかもしれないので、ひとまず詳細は秘しますが、ヒントは「おめでたいシーン」。サインペンの実用性に、人を想うやさしい気持ちをのせたそのアイデアは、人とのつながり、コミュニケーションを大切にする菅さんらしさに溢れたものでした。
もし、いつの日かどこかで菅さんプロデュースのサインペンに出合ったならば、ぜひそのサインペンを手に取って、じっくりと見てみてください。その奥に光る菅さんの想いや文具愛を、きっと感じることができるはずです。
- 菅 未里
- 文具ソムリエール。大学卒業後、文房具好きが高じて雑貨店に就職。
インテリア担当を経て念願のステーショナリー担当となり、雑誌・テレビ・ネットなど多数のメディアに出演すると、独自の視点で文房具を紹介するそのスタイルが話題に。現在は文具ソムリエールとして、「使い手」として文房具を紹介するほか、文房具のプロデュースなども行う「作り手」の顔ももつ。毎日をちょっと楽しくする文房具を紹介するサイト『STATIONERY RESTAURANT(http://misatokan.jp)』を運営中。サインペンについて紹介した著書に『毎日が楽しくなる きらめき文房具(KADOKAWA)』『文具に恋して。(洋泉社)』など。